消費者金融年表中期
1979年12月、アコムが銀座店にATM1号機を設置します。これが業界初のATMになります。これによって、利用者は24時間いつでも返済ができるようになったわけです。
1980年1月、大蔵省が全国金融業連合会に対して、約定金利を年率73%以内にするよう行政指導します。
1982年3月、大蔵省が業法の任意ゾーンの規定要項を作成します。そして、1983年4月に上限金利を109.5%から年率73%に引き下げる改正出資法が成立します。
同年8月には、プロミスが業界初となる自動与信システムの稼動を開始します。需要が盛んで、消費者金融業界に合理化の並が押し寄せることになるのです。
しかし、同年11月、大蔵省が過剰融資防止を発令し、貸付限度額を簡易審査の場合には50万円以下または年収の10%相当までと通達し、相変わらず政府は消費者金融業界の締め付けを続けます。
また、この年の11月には全国の都道府県に貸金業協会が発足することになります。
そして、1984年以降、消費者金融業界は冬の時代に突入することになります。度重なる政府による抑制や、過剰になった消費者金融業者数のためで、ここで業界が再編されることになるのです。
多くの消費者金融業者が廃業、倒産、吸収合併され、大蔵省も健全な消費者金融業者には融資しても良いと銀行に通達するほどでした。
この業界再編によって、1984年に22万社あった貸金業登録者は、約3万3000社に減少しています。実に1割から2割に消費者金融業者が減ってしまったということです。