江戸時代の法定金利
貸金という商売は、もう随分前から存在しています。江戸時代には貸金業者の存在がわかっているだけでなく、幕府が法定利率を定めていたこともわかっています。
1714年から1841年まで、江戸時代の貸金業者は年率15%程度でお金を貸していたとされています。そして、幕府は1842年に法定利率として年率12%を定めます。
現在の法定利率が年率15%から20%になりますので、今よりも金利は低かったということですね。
江戸時代の貸金業者には、毎月決まった金額を返済していく月済貸、毎日決まった金額を返済していく日済貸、朝百文借りたら夕方には百一文にして返済する百一文などがありました。
また、今で言うヤミ金融業者も存在し、いつの時代でもヤミ金融業者は現れるということですね。
江戸時代の貸金業者は、質を取らずにお金を貸すということで質屋とは区別され、素金(すがね)と呼ばれていました。
素金は今よりも低い金利で営業していたわけですが、お金に困った人の駆け込み寺といった感じだったと思います。
特に宣伝や勧誘もせず、地域に密着した小規模のお店だったことが想像できますよね。
小規模な貸金業者が年率12%でやっていたのですから、現代の貸金業者は何をしているのかと思ってしまいます。
もしかしたら、今のような莫大な宣伝広告費が高利を生んでいる原因なのかもしれませんね。